名残りの花








 名残りの季節がやってきた。

 草花は夏の鮮を脱いで、秋の色へと変化する。

 書庫の整理をしたいのだと京極堂に言われ、いつもネタをもらっているお礼にと手伝いをはじめた僕だが。

「京極堂、これ……」

 ほとんどが本。

 いや、ほぼ書籍の蔵の中で僕は無造作に詰まれた本の隙間に上手い具合で挟まった茶碗を目にした。

「なんだね?」

 書籍を整理しているのか、灯台下暗しで積み重ねられた書籍に心を奪われているのか、京極堂の不機嫌そうな声が蔵

の中に響く。

「あ、あのさ……これ、こんなところに置いておいたら割れてしまわないかい?」

 本が積まれて埃だらけになったそれを持ち上げる。

 一見は草花が描かれた白磁の抹茶碗。

 その中の中心であろうとばかりに描かれた、八重桜の花。

「それは千鶴子の持ち物だ」

 まったく興味がないとばかりにそう言うと紙に記されている文字に視線を戻す。

「……なんで?」

 疑問が口をついて出てしまうほど、その茶碗に描かれた八重桜を見た。

 茶碗に描かれた花は八重桜に椿、桔梗に牡丹、萩、卯の花、菊、女郎花……。

 沢山の花々が八重桜を取り囲むように周りを飾っていて。

 でも。

「………」

 季節感がばらばらだ、でも違和感があるわけでもなく。

 不審に思い茶碗を見つめていると、茶碗の口に不審な罅割れを見つけた。

 綺麗に繕われているが、それは見ればきちんと分かる疵で。

 もう使わないのかな?

 蔵の中に放置されているところを見るとそういうことなのだろうと僕は解釈したが、それにもましてこの茶碗の模様

に興味が沸いた。

 四季折々の花が無節操に描かれている茶碗なんて、僕は今まで見たことがない。

 そもそもそういう芸事の類に明るくない僕は、芸事といえば小物に至るまで季節に準じた揃えをするものではないか

と思うのだ。

「何でだろう?」

 呟いて茶碗を眺める。

 白磁に淡い八重桜を囲むような色取りの草花、丁寧に繕われた疵にも心が惹かれた。

 心が吸い寄せられる。

 その疵ひとつ、そこにあっても何のひけ劣りも無い。

「……君」

 静かにしてくれ、僕はこの茶碗を見たいんだ。

「関口君? 一体いつまでそうしてるんだね」

 よく通る声で言われ、僕は我を取り戻した。

 辺りがすっかり暗くなった蔵の中、燭台片手の京極堂は幽霊のように僕の背に立ち尽くしていた。

「あ、ああ。京極堂」

 かけ声に驚いた僕が茶碗を落とさぬようにだろうか、京極堂はその茶碗を僕の手からそっと持ち上げる。

「終わりしよう」

 主語のない言葉だが、京極堂はそういうと蔵を出て行ってしまった。

 僕はその後に次いで居間へと足を向ける。居間には千鶴子さんが暖かなお茶を用意して待っていてくれた。

「関口さん、お疲れ様で御座います。うちの人の蔵の整理なんて大変で御座いましたでしょう」

 優しい口ぶりの千鶴子さんは僕を見て微笑んだ。

「いえ、そんな。大した事じゃないですよ。でもまだ中途半端だけどいいのかい、京極堂?」

 僕は遠慮しながら差し出されたお茶に手を伸ばすと、京極堂も無言でお茶を啜った。

「あの書物だらけの書庫の壁に埋もれてしまっては、整理したいものも整理できず、見つけたいものも見つからない

で御座いましょう。ですのにうちのお地蔵様ときたら全て何処に何かあるか分かるなんて仰いますのよ。お地蔵様は

それでよろしくても、私の荷物なんて本の影に埋もれてしまって一体何処にあるのやら…」

「何かお探し物でも?」

 千鶴子さんの口ぶりに思わず尋ねる。

「ええ、色々と御座いますけれど……。あの状態では私ひとりでは無理ですわ」

「そうですね」

 京極堂は上品に笑う千鶴子さんをちらりと見ると、先ほどの茶碗を卓袱台に乗せた。

「大切な品であれば桐箱にでも入れてきちんとしまっておくものだ。見つけてくれた関口君にお礼を言いなさい」

 ………。

 もしかして、千鶴子さんの探しものって……。

 いやそれよりも何よりも、どう聞いても「自分は悪くない」と言い切った京極堂に、千鶴子さんと僕は目を合わせ

て笑ってしまった。

「まあ、あなた」

「…まったくだ、京極堂。それならそうと最初から…」

「言っても仕方がないだろう。私が把握しているのは書籍の場所のみなのだから」

 また開き直ってそういう京極堂に、僕と千鶴子さんはやっぱり笑うしかなくて。

 その笑いもようやく収まった頃、僕は疑問に思っていたことを呟いた。

「この器、どうして桜と同じ台に桔梗や女郎花が一緒に描かれてるんですか?」

 京極堂が静かな視線を僕に向ける、静かというよりは冷ややかな、といった方が正しいかもしれないが。

「この器は百花繚乱ですのよ」

 千鶴子さんが優しげな微笑で茶碗を見つめた。

「…百花繚乱……?」

「ええ、言葉の如くで御座います。ですから四季を通して何れの用途にも使用できますの」

 ああ、だから四季折々の花が。

 僕は納得して四季折々の草花の描かれた茶碗を見つめた。

「季節を表す花であっても、通年を通してその花を愛でることが出来るのだよ。関口君」

 京極堂はそういうと茶碗を持ち上げる。

「たとえばこの桜、桜は春の花の代表だがこの桜に桜葉を描くことによって通年を通して用途できる。椿だってそう

だ、椿の花は赤白の色合い、葉の数まで事細かな決まり事がある。女郎花は花だけを描けば通年を通して用途でき、

桔梗もそうだ」

 話を聞くにつれて僕は興味深い話というより、伝統の中に決められた決め事の枠から飛び出したような季節感のな

さに驚く。

 結果、やっぱり無節操だなと思いはじめた頃。

「先人は戦などによって花をめでる間のない時、そうやって花をめでてきたのさ」

 着物の柄に、器の柄に、屏風や掛け軸の模様に。

 心の支えとして、季節の形見、名残りとして。

 僕たちは黙って茶碗を見つめる。

 間をおいて静かに千鶴子さんが呟いた。

「私、明日からこのお茶碗でお稽古しようと思っていたんですよ。関口さん、本当にありがとう御座います」

 僕は頭を振って千鶴子さんを見た。

「偶然見つけただけですから…」

 謙虚にそう言って僕は、はたとあることを思い出した。

「千鶴子さん、あの」

「はい? 何で御座いましょう」

「あの、その器……罅が入ってましたよ。茶事でお使いになるんなら支障があるんじゃ…」

 我ながらおどおどしながら呟いてしまったが、千鶴子さんは僕の言わんとすることをとらえてくれたのか、優しく

微笑んでくれた。

「関口さん、この季節の茶事では一度疵の入ったものを生かして使うんです。ですから大丈夫ですわ」

 千鶴子さんはそう言って茶碗を見ると、「お茶を入れなおしてまいります」とその場から立ち去った。

 僕と京極堂の二人、しばらく沈黙が続いた。

「関口君」

 沈黙を裂いて、通る声だが京極堂は小さく呟いた。

「君は私の知りうる中で一番分かりやすく、分からぬ人だよ」

 どういう意味だい? 京極堂。

「って、それって、どういう…」

「世の中に不思議なことなど何一つない、だから分かりやすく分からぬ人だと言ったのさ」

「なんだい、それは」

 僕は意味不明で納得しがたい京極堂の一言に苦笑すると、もう一度茶碗を眺めた。

 京極堂の囁きが耳を掠める秋の夜長。

 名残りの季節、盛りを過ぎても懸命に草花は咲き。ゆっくりと流れる四季の中でそれぞれの思いを受け止めた先人

に思いを馳せながら。




 2003.4.24up


 加筆修正 2007.7.20








 何を書きたかったか、いや、書きたいことはあったんだけど胡乱な話に…(苦笑)

 邪なしで考えて書くとまとまり辛い京関で御座いました。

 季節感という言葉すら薄らいでしまった昨今、先人は季節感を得る為に様々な決まり事を作りました。

 それは今の時代の全てに伝わっているということではないですが、入り組んだ決まりの中彼らの求めた意図が

 潜んでいるのではないかと。