色なき風







 朱と白の入り乱れる管花を揺らした風が頬を撫で、唇を掠める。

 君の手で頬をなでられ、君の唇を重ねられたように。

「彼岸だねぇ…」

 僕はそう呟いて、朱の管花が一面に咲く御堀端を見つめた。

 霞ヶ関に近い、虎ノ門。

 戦前は訪れるのすら憚られたところだが、今では観光名所としてひらかれている。

「この花は嫌いだね」

 こことはまったく異なる色なのに、脳裏に掠める風景。

 過去の片隅にいつもそれはあり。

「何故?」

 僕は首を傾げる。

 何の気なしに聞いたのが良かったのか悪かったのか、彼は瞑目する。

 最中にも、風が吹く。

 風は色なく君の唇を掠め。

「名前が悪いからかい」

 もう一度問うかわりそう呟く。

「違う」

 即答で否定されて、僕は僅かに笑んだ。

「花に罪はないよ」

 ここに咲いている花に罪はない。

 ここに人間が訪れる前から咲いていたかもしれない。

 色んないわれのある花だが、幾本もの細い花びらを凛と天に向けその姿は見るものの心を奪う。

「そういうことじゃない」

「なら、何故? 気になるじゃないか」

 じっと見つめると、彼はふう、と小さな息をついて呟いた。

「……小さな頃によく見た風景と、重なるのだよ」

 青い湖、白い砂地をよく見れば……。

 彼は瞑目していた目を開き、その花を見つめる。

 珍しく、どころではない。

 彼は昔を語りたがらない、語ることに意味がないと思っているからだろうと思っていたのに。

 そんな彼でも、そんなことを言うのか。

「君は知っているだろう?」

 彼が呟いた。

「この世であってこの世でない場所では……風車がまわっているんだよ」

 御堀端を外れて咲いていた管花を一本手折り、指先でまわす。

 朱色が境目をなくして混ざり合う。

「もっとも、そこはあの世ともこの世ともいえないところだがね…」

 鼻をつく異臭、草一本生えない白砂の河原に、朱と白の風車がカタカタと音を立ててまわって

いる。

 この世でも、そういう場所が時折あったりするが。

 そこは紛れもなくあの世とこの世の境目、賽の河原なのだ。

「賽の河原には草一本生えない、そういうものは地質上決して育たない。そしてそこは常に風が

吹きさらしている」

 こちらの人はその管花を死人とに飾る花だと言うが、そこではこの管花は咲かない。

 あれほど美しくとも、あそこは死の河原。

 死の河原は死の水で全てを溶かしていく。

 死の淵から湧き出る水で出来た湖。

 珪素を多く含む水質は酸素に触れると目にも美しい青い水に変わるのだが、その水質では草木

一本も育たない。

「この花を見ると、それを思い出すのだよ」

 不意に風が止まる時、それまで混ざり合っていた色が急にひとつひとつの色を放ち。

 この管花は風に強く、それにこたえずひとり渦巻きをつくるばかりだが、その姿は動きが止まっ

た風車とよく似ている。

 この花が咲く頃、北の大地を走り去るように秋が駆け抜け、長い冬が訪れて。

 それでも、深い雪に閉ざされたはずの賽の河原に雪が積もることはなく、雪を乗せた風が吹き

抜ける。

 そしてただ、カタカタと音をたててまわる風車の音が耳をつくのだ。

 湖はただ、孤独の青を称えて凍りもしない。

「…そう言えば君は北国生まれだった」

 噂でしか聞いたことのない、東北の山奥を思い浮かべた。

 恐山にある、賽の河原。

 そこには彼が今呟いたような、風景があるのだろう。

「あの賽の河原に、この花は咲かないがね……」

 皮肉っぽくそう言って、手折ってしまった花から手を放す。

 色なき風が朱色の花を連れ去った。

 ただ、それだけの話。


 2003.9.30UP→2003.11.14l'UP


 加筆修正 2007.7.20








秋ももう終わり。

結局恐山には行けませんでしたがゆっくり流れる時間を利用して冬の話をゆっくり書こうかと…(笑)