白鷺 |
真夏なのにそこはひんやりと冷えている。 薄暗く、冷えた蔵の中。 古い書物の香りが染み付いているそこに、黒い男は草書を片手に佇んでいる。 暗闇に、灯された蝋燭の炎は黒いすすを含んだ煙を上げながら、その男の影を揺らす。 黙々と頁を捲るその手は、ある一節で止まった。 蔵の主は自嘲気味に笑んだ。 「まったくだ」 通る声で呟く。 暗闇の蔵に、白い光が一筋差し込んだ。 その光の眩しさに目配せを贈る。 白い両の腕を広げた細い線。 主は僅かに目を細め、その人を見つめた。 その一筋の光は扉を閉じられていく様に細くなり、蝋燭の明かりだけが頼りになる。 白い開襟シャツを着た男は、黙って蔵の主の下に近付いてくる。 男はふわりと書を持つ手に取り縋った。 起こされた僅かな風に、蝋燭の明かりは消えた。 暗闇の中、その腕に取り縋る。 主は本を元の場所にしまい込むと、その男を抱きしめ、生々しい温もりを確かめる。 疼き始めた身体を曝け出し、深い口付けを交わしながら、口付けに酔いがまわり、男は地べたにへたり 込んでいく。 そのくせへたり込むまいと、男は主の頭に手を這わせ、鷲掴みにする。 もっと深く、くれというのだ。 中腰になった主は静かに屈む。 催促の返事は背中に返せばいい。 立てた爪に、ぐっと力をこめる。 もっと奪えばいい。 それに答えるように舌を絡ませる。 何もかも、奪えるものなら奪えばいい。 奪い尽くせ。 溢れ出る愛憎を、覆い隠せるものならば。 地べたに倒された身体が、その冷たさに慄く。 胸元に這う指が、シャツのボタンをひとつひとつ外していく。 触れられた中心は、猛々しい熱を孕んでいる。 その身の重みと同じくして受け入れた熱の良さを、堪えられず慄いて、それでもまた縋る様に望む。 受け入れる熱で上がる声は甘く、そして掠れている。 望む最中に手にした劣情を、無我夢中になって貪り、奪い合う事で乱暴な行為に身を費やして、そこま でして得たい貴方。 虚空に向かって差し伸べたその手は、たどり着くはずの行き先を見失う。 地獄だ。 今もって何も見出せないこの行為はただの地獄だ。 掠れた声で男は呟いた。 「笑うがいい…」 何を笑えと言うのだろう。 「何を?」 「こんな僕を笑えばいい」 永遠に束縛したい貴方。 そう願っている白鷺に、男は銃口を向ける。 男は鷺が飛び立つ為に必要な羽を落してしまった。 飛び立てない、二度とここから。 だから。 「笑わぬよ」 蔵の主はそう言って、男を強く抱きしめる。 その顔に自嘲気味の失笑を称える。 離さぬよ。 結末を知っても、私は君の自由を奪ったのだから。 君の心はとりにくい。さりとて実に誠と思わんせ。 主の心はとりにくい。さりとて実に誠と思わんせ。 これは地獄の責め苦だろうか。 男が浮言の様に主の名を呼ぶ。 与えられる熱に溺れて。 求め掠れる声に、悩ましげにも大きく四肢を広げて開く身体を前に、主は口端を僅かに上げる。 否、そうではない。 苦しい胸のうちを秘めようとも、恋を知るこの身を焦がして生きゆけばいいのだ。 溺れるも飛べぬも。 もがくは同じ。 -了- 加筆修正 2007.7.20 |
書いたはいいのですが超SSです。短い、短すぎ(苦笑)。 尚且つ、このお話は「ありそうでなさそうな京極界シリーズ」化しております。 こんな関口君、いないだろうよ! でも書いたら満足でした。 関口君FANの方、ごめんなさい!! |