かくれんぼ



 
とても静かだ。
 ここには僕しかいないのだから、それも当たり前か。
 夏の日差しの強いこんな時間に直射日光を浴びようとする輩はまずいないだろう。
 せめてもの涼は川との境界の柵に腰掛けているぐらいで、あとは陽炎が生み出されるような暑さに包まれている。
 ここで一人でいるのも悪くない。
 ふと思い出された記憶に榎木津は自嘲にも似た笑みを浮かべた。
 周りがうるさすぎて、僕は子供でいられなかった。
 あの日・・・・・・あの日もこんな感じだった気がすると榎木津は思った。
 初めて目に映る世界を美しいと感じた。
 無性に人恋しく感じた。
 誰かに思いを伝えたくて。
 一人を望むのに傍らにいて欲しくて。
 まあ、甘えたくてもこの性格がそれを許すはずもないから、一人でいるのを諦めて受け入れようと―――――――。
「ぃ・・・こぉの馬鹿ッ。何、ぼけっとしてやがる」
 後頭部に感じた痛みは馴染んだ痛みだった。
 喧嘩慣れしていて手加減というものを知っている殴り方だ。
「何で木場修がここにいるんだ?」
「俺は聞き込みの最中だ」
「・・・ああ」
 無意識のうちに木場の後ろを眺めていた榎木津に木場が苦笑した。
 見られて困るわけであるまいしと木場は笑うが榎木津は榎木津なりに気を遣って見ないように心がけているらしい。
 その心がけが実を結ばないという事実はおいておいたとしても。
「で、てめぇは何してんだ?」
 なにか面白いことはないかといつでも突拍子もないことをしでかす輩が、ぼんやりと足をぶらぶらと持て余しげに柵に座っている様子はなかなかに絵になる・・・でなく、放っておけなくなる。
 とりあえず覚醒を促すために拳骨を与えてみたが、別の所を見ている榎木津に木場は笑ってしまった。
「でかい図体で捨てられた子犬のような表情するなんて卑怯じゃねぇか」
 茶化した言い方をしてみるがそれに榎木津は乗ってこない。
「俺とお前は幼なじみで、腐れ縁で、そんでご学友で」
 とりあえずこの気まずい雰囲気を打破しようとできるだけ茶化した言い方を並べ立てる。
「お前は僕と殴り合えるやつなんだ」
「当たり前だろう、人の話きかねぇで鉄砲玉みてぇに行ったきりで帰巣本能の欠片もねぇ」
 言いながら当時の苦労を思い出した木場は頬が引きつるのを感じた。
「帰ってきたじゃないか」
「ああ?」
 拗ねた表情が加わっているのを榎木津の瞳の中に見つけた木場は唸った。
「あれを帰ってきたとは言わねぇ。俺が探して引きずってきたの間違いだろがッ。それともなにか、お前は俺が探しに来るのを待ってたとでも言うのかッ」
「修ちゃんはどこに隠れてもすぐに見つけてくれたな」
「当たり前だ、てめぇのようなやつを野放しにしてんのはな、ガキに鉄砲持たせてるのとかわらねぇんだッ。危なくって眼が離せねぇ」
 榎木津がじっと木場の表情を見つめている。
「かくれんぼしたの覚えてるか?」
「いつのだよ」
「僕が見つからなくて捜索隊まで出されたときのだ」
「ありゃ、苦労したぞ。雨で潰れた防空壕跡になんか入りこみやがって・・・」
 表情のないビスクドールになっている榎木津に木場は言葉が出なくなった。
「かくれんぼってのは鬼がいて探してくれるから楽しいんだ。うまく隠れたと思ったのに誰も見つけられなくて」
 「そのうちお前のことだから帰ったんだろうってみんな帰ったんだっけか・・・家の用事から帰ってみると大騒ぎになってた。榎木津の坊ちゃんがいないってな」
 共有の思い出にビスクドールが榎木津の顔に戻った。
「何で僕があそこにいるって思ったんだ?」
「前に言ってただろう。秘密基地にするのにいい場所があるって」
 榎木津が嬉しそうに笑った。
「言ってたか・・・気を許した人間には無意識のうちに口にしてしまうものなんだと本馬鹿が言っていたな」
「まあ、あいつも色々と複雑怪奇なやつだからな」
「うむ、妖怪に近いな」
 榎木津と木場はにっと笑い合って吹き出した。
「さすがに僕も子供だったからな、あの時はずいぶんと心細く感じたんだ」
「の割には、迎えに来るのが遅いとか言って・・・確かあのあと殴りいになったんだったな」
 しかも大人達にさんざん絞られるというおまけ付きだったと木場は思い出してむっとした。
「ふふん、あの時は僕のほうが多く殴ってたんだ」
「そうかい」
 自慢げに言う榎木津に木場の拳骨が再び落とされた。
「痛いじゃないかッ」
「その多く殴っていたやつのほんの少しを返してやったんだ、ありがたく思え」
「なんだとぅッ、横暴だぞ」
「唯我独尊のやつに言われたかねぇよ」
「傍若無人よりましだッ」
 がうがうと言い合っていたがあまりの暑さに二人して気力が萎えていく。
「暑いな」
「箪笥男、僕にアイスクリンを奢るんだ」
「貧乏人にたかるんじゃねぇよ。探偵様だろ」
「それはそれ、これはこれ。ついでに市民の協力を仰ぎたかったらギブアンドテイクだ」
「可愛くねぇな、ったくよぉ。今度いい酒奢れよ。それでちゃらにしてやる」
 運悪く通りかかったアイスクリン屋が木場に呼び止められて固まった。
 何しろ強面の厳つい男だ。
「へ、へぇ。なんでやんしょう?」
「二つくれ」
「へ?」
「二つくれ」
「へ、へい。毎度」
 その無骨な指に二本のアイスクリンを持っている姿は一種異様な光景。
 アイスクリン屋の親父は代金を受け取ると自転車でその場から逃げ去っていった。
「事故るなよ」
 そんな必死な後ろ姿に優しい無責任な一言をかける木場はあくまでも職務に忠実な男である。
「おら、食え」
「うむ、大儀であった」
「ばぁか」
 柵に腰掛けてしゃりしゃりと冷たいアイスクリンを食べる。
 子供のころは背伸びして覗き込んで買っていたものが、今では見下ろして買えることに木場は年数を感じてしみじみとしてしまった。
 ありふれた食べ物になりつつある懐かしい甘さが、ほろほろと口の中で溶けて喉を通っていった。
「さて、聞き込みを続けるか」
 首をごきごきと小気味よく鳴らして木場が伸びをする。
「よし、僕も行こう」
「あん?」
「今日は一緒に酒を飲むぞ。早く終わらせるために協力してやろうというんだ」
「混乱させにくるんじゃねぇッ」
「暴走しているのはトーフ男じゃないか」
 榎木津にしては的確な意見に木場が詰まる。
「では出発だ」
 さきほどまでのぼんやりとした感じは跡形もない榎木津に木場はため息をつきつつ従った。
「そうやってろよ。お前は」
 苦笑は優しいものだった。
「ん?なにか言ったか」
「とっとと酒を飲みに行けるようにせいぜい頑張ってくれよ名探偵」
「当たり前だ。奢りなんだからな」
「・・・お前が奢るんだぞ?」
「なかなか鋭いぞッ、わははは」
「おい、聞いてんのか」
 笑いながら木場を置いてけぼりにしようとした榎木津が追いつくのを待つように振り返った。
「かくれんぼをしよう。僕が鬼で木場修が隠れるんだ。見つけたら食うからな」
 木場が追いつく前に榎木津の唇がそう象ったことを木場は知らない。
 陽炎がまやかしの世界を歪めて消えた川縁は、一瞬涼しげな風が吹き抜けて夕闇が近づいてくることを告げていた。





 
榎×木場…同士がここに!!
 と喜ぶ飲むつかの間、匿名希望様を襲った悪夢………
 そう、匿名希望さんは某所で地雷5554HIT、踏み抜き…
 喜んだのはこのKYだけでしょうかねぇ? クックックックッ…
 そしてこの「かくれんぼ」の続編が此方に>>>◆◆◆