かくれんぼ




「かくれんぼをしよう。僕が鬼で木場修が隠れるんだ。見つけたら食うからな」
 確かに榎木津はそう言った。
 だが、幼なじみで腐れ縁の男に酒の席でそう言わても、悪趣味な冗談だと笑い飛ばした木場に罪はなかろう。
 事件の片が付いて少々酒が過ぎたとは思っていた。
「おう、じゃ隠れるぞ」
 隠れるほどの場所があるわけでもないのに、その提案に乗ってしまったのは木場の不徳というべきか。
 しかし、榎木津が持ってきた酒は外国産の高く貴重でしかもうまい酒なのだ。
 事件解決という免罪符のおかげで休み無しの生活に区切りをつけろと上司も二日の休暇を受理してくれたし、事件もこの馬鹿のおかげとは言いたくないが片づいた。
 これで祝杯を挙げないならいつ挙げるというほど浮かれていた。
 それは事実だが、この状況は何だ?
「ん?なんだ」
「てめぇは何してやがるっ」
「もちろん美味しくいただく算段をつけているんじゃないか」
「ふざけんなっ」
「僕は宣言しておいたぞ」
「んなのっ・・・んなもん、酒の席の冗談だと思うだろうっ」
 榎木津は人差し指を木場の目の前で大きく左右に揺らして見せた。
「これだから失恋になれている野暮天は」
「ほっとけ!」
 何とかして不利な状況から逃れようともがく木場を榎木津は嬉しそうに押さえ込む。
 刑事としての男としての矜持から跳ね返そうとするが、押さえ込まれると重力の法則に従って下にいる人間は不利である。
「礼二郎っ。じょ、冗談だよな」
 必死になってこの状況を打破したい木場に榎木津は無慈悲だった。
「嫌だなぁ、冗談なわけないだろう」
 力比べは榎木津に軍配が上がった。
「む・・・」
 今ばかりは綺麗なビスクドールだろうと何だろうと殴り飛ばしてやると拳に力を入れる。
「っ!?」
 その腕を器用に捻りあげられて木場が驚愕で目を見開く。
「この日のためにどれだけシミュレーションしてきたか」
 にんまりと笑った榎木津は大変とほほな苦労話を熱く語る。
 その間にもさわさわと探るように木場の体を撫で上げる指に木場は青くなった。
 遅ればせながら危険信号が紅く点滅しだしたのだ。
「た、愉しくなんてねぇだろ」
「すごく愉しいぞ」
「ごついし、固いし」
「筋肉の張りだ、よかったな修ちゃん。まだまだ若い証拠だぞ」
「同い年のくせに何言ってやがるっ」
 木場の拳骨が榎木津の頭に直撃した。
「愛情が痛いぞ」
「こぉの馬鹿ッ」
 もう一つくれてやろうとすると榎木津は器用に避けて木場の唇に咬みついた。
「って・・・」
 痛みに緩んだ隙間から榎木津の舌が入りこんでくる。
 悲鳴を上げられない木場はひたすら固まった。
 木場の必死の抵抗が止んだことで榎木津は押さえに使っていた腕を弛めた。
 くつろげたシャツの内側を、木場の肌触りを覚え込ませるかのように榎木津の指が這っていく。
 抵抗が止んだことは歓迎するが反応を返さない木場に焦れた榎木津が膝を崩させた。
「れ、礼二郎っ」
 うろたえた悲鳴のような声が榎木津の肩口でこもった。
 腰が引けてしまう木場に自分の体温を擦り込む。
 ひくりと息を吸い込もうとした唇を割って舌を差し込むと、どうすればいいのかわからないと逃げまどう感触に榎木津は獲物を手に入れた感覚に笑む。
 鼻に抜ける声に戸惑いと熱が共存する。
「僕は謝らないぞ」
「なんだってこんな・・・くそっ」
「僕をつかまえたのは木場修なんだからな」
 見下ろしているはずの榎木津が縋りつくように木場を見ていた。
「哀しいこと知ってる笑顔だって言ったのはお前だけなんだから」
「な・・・」
 学生時代、笑い声を木霊させるような躁状態の榎木津に悩みなんてないんじゃないのかとある教師が嫌み混じりで言ったとき木場は怒った。
「笑ってるからって悩みがないと考えるてめぇのほうが考え無しだっ」
 そのまま乱闘騒ぎになって、職員室はぼろぼろ。
 木場は一週間の停学になった。
 あの時の言葉を榎木津が覚えていたことに木場は驚いた。
「何もかもが充たされていると勘違いする輩がほとんどで、僕の孤独を知っていたのは修ちゃんぐらいだ。純粋に僕だけのために怒った姿は綺麗だったな」
「中禅寺とは時々つるんでいただろ」
「似ていたからな、僕と本馬鹿は。充たされているようで大事なものが何か足りない。人として歪な器だ」
「礼二郎、お前・・・ッ!?」
 指先で探られて次の言葉は消えた。
 腰が浮くのを利用して奥へ進む指。
 さぐられて息の乱れは全身に巡っていく。
 慣らす動きで含ませられて、おののきと熱が木場を攫う。
 体温が離れて無意識にその熱を追った木場に榎木津が覆い被さった。
 肌が温かいと木場が気を許した瞬間、奥を満たされる痛みに木場の背が撓った。
 繋がった痛みが木場の意識を融解させていく。
 穿たれて息苦しさに縋りついた木場は、せめてもの意趣返しと榎木津の肩に咬みついた。
 ぎこちなく触れては離れる痛みに榎木津が笑った。
「僕のだ」
 木場の意識が持ったのは其処までだった。


「っ・・・てぇっ」
 目覚めた木場を待ち受けていたのは身じろぎするたびに突き抜けていく痛みだった。
 半泣きになりながら悪態をついていると榎木津が抱え込んだ腕を少しだけ緩めて落ち着く場所を提供する。
「なぁ、礼二郎」
「うん?」
「起きれるぐらいになったら覚えとけよ」
「・・・どうするつもりだ」
「とりあえず殴る」
「避けるのはありか?」
「なし」
 甘い雰囲気など微塵もない会話に榎木津が嬉しそうに頷いた。
「わかった」
「わかってねぇだろ」
「ああ」
 何を言っても無駄だろうと木場は諦めて力を抜いた。
 休暇があと丸二日残っている。
 その間に回復しないと仕事が辛いのだ。
 互いの体温が馴染んでしまっているのか離れがたい。
 仕方がない、今は動けないのだからと言い訳しながら木場は榎木津の腕を痺れさせようと要所にわざと力を込めながら寝入ることにした。
 榎木津は不思議そうに探るような目を木場に向けた。
「・・・怒ってないのか?」
「怒るだろ、そりゃ」
「怒ってるなら何でこうやって話せるんだ?」
「てめぇが本気だって言うんだ、本気なんだろ。それを否定しやしねぇよ。ま、勇み足だとは思うがな」
 榎木津が何も言わずにぎゅうぎゅうと木場の体を締め上げる。
「こら、ちったぁ反省しろっ」
 うざったいが腕の重みがいい感じだ。
 (ふん、悪かねぇ)
 木場は一つ大あくびをすると本格的に眠りに入った。
 しばらくは、遠慮願いたい木場の思惑と榎木津の思惑は天と地ほどに離れていたが、今は規則正しい鼓動が重なり合い刻まれる。
 外は快晴、暑くなりそうな気配を漂わせていた。





 某所で踏み抜いていただいた5554Hit、地雷の「榎木場」で御座います。
 管理人一同、合意の上での依頼を匿名希望様は涙で受け入れこのように素敵な榎木場を。
 全く嬉しい限りです。
 次回の榎木場に期待を寄せつつ。
 by 管理人より