一筋
 
−ヒトスジノナカニアルコウメイ−


No.1


雨の上がった小径を僕は歩く。
むせるような湿気が僕を包んでは天へ上っていく。
涼を求めて木々の隙間を漂うように歩いていると、木漏れ日の中に佇む人の姿が目の端に映った。
酔狂な人間が僕以外にもいたのかと心なしか嬉しく思い近づいていって僕は躊躇した。
本馬鹿とからかわれる雰囲気は露ともなく、まるで木々と対話でもしているように微動だにしないその姿は人を拒絶している。
いや、彼の思考の妨げになるものは何一つとして許さないだろう。
無明の闇を統べる王として。
けれど瞳を閉じて中空を仰ぐ彼は、泣くのを我慢しているようにも見えた。
そんなことはないのに。
でも――――と頭の隅で囁く声がある。
僕がいると京極堂は泣けないだろう。泣かないだろう。
視たくないものまで視てしまう彼は、着ている黒衣ですべてを隠してしまう。
見えているものさえ、見えない僕は何にもできないから。
だから何も言わずに通り過ぎよう。
それでも何かできないかと考え始めてしまうのはなぜだろう。
鬱陶しく追い払われても声をかけないよりは・・・・・。


「きょ、京極堂。何してるんだい?」
不機嫌そうな面を僕に向けた京極堂はいつものように見えて、どこか危うい感じがした。
「雨を浴びにきているんだ」
「あめ?あめって・・・雨かい?」
「食べるあめを浴びてどうするんだ・・・」
呆れたように言葉を吐きだした京極堂にいつものようにしょんぼりしながら話を続ける。
「雨は上がってますけど・・・」
やはり萎縮しているのか敬語になってしまった。
おずおずと今の天気状況を伝えるとぐいと腕をとられて抱え込まれた。
驚く関口を抱え込んだまま京極堂は樹を一突きする。
その瞬間、雨が僕達を包む。
「え?冷った・・・い」
木の葉が包んだ雨粒が、一足遅い雨となって降り注ぐ。
音階を奏でるように降り注いでくる雨を京極堂は仰いだままで受けとめる。
しばらく降り注いだ雨は、二人を見事に雨で染め上げて止んだ。
張り付いた髪をかき上げてにやりと笑うその姿は、何かを企んでいるようにも苦笑しているようにも見えて僕の鼓動を早くした。
「濡れるといっそう情けなくなるね」
「なっ・・・そうしたのは君じゃないか」
いつまで抱え込んでいるんだと乱暴に振りほどくと、すっかり濡れてしまった服の裾を絞ってみる。
絞れるほど濡れていることに怒るとともに、これだけ濡れてしまえばどうしようもないじゃないかと諦めの気持ちもないこともない。
「雨を浴びてどうするんだい?」
ようやく始めの疑問を口にした。
「さあ。どんな理由なら君は理解してくれるんだろうね?」
「疑問に疑問で答えるなんて卑怯じゃないか」
「人間はいつだって曖昧を好むものさ。自分の良いように考えたいんだからね」
君らしくないだろうと口にはできなかった。
理路整然と毒舌を並べる君を君だと確立してしまうのは僕の勝手な意見なのだろうし、それを自分なのだと言い切る君は違うのかもしれない。
「良いように考えて欲しいのならそうするさ」
僕は僕らしくもなく言い切った。


No.2


「さて、君のいいようにとはどんな風ならいいのかね?」
からかいを含ませた言葉だと、僕は思った。
逆に僕に聞いてどうするんだ、君が雨に濡れていたんじゃないか。
その理由を、僕が分かるはずが…
ああ、そうか。そういうことなのか。
言いたくないのか、知られたくないのか、そうなのか、そういうことではなく、何を言っても僕の都合のいいようにしかとらないから、何をどう京極堂が言っても意味がないのか。
拒絶するその姿に見えているのに僕は。
「ずいぶんと意地悪するもんだね」
きびすを返すと同時に呟いた。
腹の虫の居所が悪いのはお互い様で、僕には見えないけれど、京極堂は社交辞令程度に笑みを浮かべてもう一度僕の腕を掴んだ。
「何だい? お邪魔だったみたいだから退散するよ」
後ろを向いたままで僕は言い切る。
僕にしては中々の言葉だったと思う。
ところが、一層ぐいっと腕を引き寄せられた。
「そんなに引っ張るな! 痛いじゃないか! 離せ…」
もがいてみるが、体格が蜻蛉のように細い割りに京極堂は馬鹿力だ。
その胸に引き寄せられて、その胸にすっぽりと僕の身体は収まってしまった。
掴まれ手首に伝わるだけならともかく、京極堂の身体に触れてはじめて伝わる彼の体温の冷たさに驚く。
全く君は人間という生き物なのか?
その身に染み付くお香の香りに驚く。
ああ、そうだ、神道でもお香を使うのか…
しかしやけに落ち着く香りだ、人間誰しも、この香りには弱いのかもしれない。
「随分じゃないか…京極堂」
しばらくそのままに、沈黙の時が過ぎ去った。
やんわりと時間を置いて京極堂は答える。
「ああ、随分だ」
随分、どんな意味の随分で僕は「随分」という言葉を選んだのだろう。
雨に濡れて随分経った、なのか、それとも京極堂の行動で随分、なのか。
はたまたやはり「随分」と答えを返した京極堂も、その言葉をいかなる意味で囁いたのか。
暫く、そのまま抱きしめられたままで時を過ごした。
「気に障ったのなら、あやまるよ」
僕は正直に言った。
誰でも独りでいたいときはあるだろうし、でも、この場で君と出会ったのは偶然なんだ。
と、誤解を解くように言いたくでも、彼の耳には何も同じに聞こえるだろう。
彼はただ黙っている。
それは抱きしめながらも拒絶されているような気分だ。
三十幾ばせか過ぎた僕らが、こんなところで抱擁する姿は、他人から見ればどう見えているものだろう。
「本当に、これで僕は帰るよ。邪魔して悪かったね」


No.3


僕を囲うその腕から離れようと一歩身を引くと京極堂が一歩近づく。
さらに一歩下がる。
京極堂も一歩近づく。
何をしているんだと口に出して抗議してやると京極堂の顔を見あげようとして、僕はさらに抱き込まれた。
「邪魔して悪かったと思うのなら最後までつき合いたまえ」
「え?」
「君は関わることを選択したんだろう。だったら最後まで責任を持ってつき合うのが当然だろう」
どんな顔をして言ってるのかわからないが、京極堂なりの譲歩なのだろうか。
それとも遠回しに独りはいやだと言っているのだろうか。
人の思考を読むのは苦手だ。
自分の考えもわからないのにどうして京極堂の複雑怪奇な思考を読めるというのか。
そのうちにぐるぐると回る思考の渦に酔ってしまったらしい。
責任云々というのなら、十四の歳にいっさいの力仕事を放棄したこの男に寄りかかってやろう。
他人の視線を気にするよりも我慢比べの様相になってきたと僕は苦笑する。
触れあっている場所から京極堂の体温が僕を浸食してくる。
いや、僕の体温が京極堂の体温に混ざっていくのか。
なんだか急に馬鹿らしくなってきた。
拒絶されていると互いに思いこんでいるのなら通じなくて当然なのだ。
誤解の上に成り立つボタンの掛け違えも、やり直せばいいことだ。
「京極堂、雨は潤せるのかな」
言葉にすると質問は的はずれな感が否めなかったが、京極堂は真面目に答えを返した。
「・・・受け取る人間の考え方ひとつで、さらなる乾きを呼びこむこともある」
「君はどうなんだい?」
僕が感じた君の拒絶がその乾きなのだろうか?
「知ってどうする?」
自嘲めいたその台詞に僕は怒りを感じるよりも哀しくなってしまった。
「わからない・・・でも、君が泣くのなら僕は・・・そうだね、こうやって君にしがみつこう」
君に人だと思い出させるように。
「何もできないけれどしがみついているよ」
君が独りではないことを伝えるために。
「・・・・・そうか」
「うん」
雨の滴が僕の頬を伝っていく。
雨が温かいなんて僕は今日初めて知ったよ。
君に伝えるか伝えまいか迷って、結局僕は抱きしめてくれる腕に沈黙することにした。
君は理由を言いたくないのだろうし、僕にできることは今君がここにいることを伝えるためにしがみつくことだけだから。





No.4


拒絶というのは互いの中に必ずあるものだ。
他人同士なのだから、それも当然で。
背を向けて、その腕に抱かれていながらも遠くにいるような君の、空を掴むような、難しげな物言いもすべて。
喉が渇いているのか?
心が飢えでいるのか?
何がほしいんだ?
君のその飢えに、僕は水を与えることができるのかな?
すべてにおいて疑問符なのだ、君という人は。
それでも。
「関口君、人とはどうして不用意な確認を必要とするのだろう」
心が通えば、身体を求め。
真実を求めれば、己の心の如何様にもその色を変え。
温かい雨はもう僕の頬に落ちてこない。
京極堂に抱かれたままの僕は、その問いを考えて答えるより、思い浮かんだ言葉を口にすることにした。
だって、そうしなければ君は勘ぐってしまうだろう。
こと単純な僕の思いを読み取るなんて、君には動作ないことかもしれないけれど、それで裏をかかれて変異曲解されても、結局僕は僕だし、君は君だから。
「確認しなきゃ、何かにつけわからない事だってあるだろう」
こうして抱かれている時だって、そうじゃないか。
そう付け加えようとして僕はもう一度、今度は優しく導かれえるように腕を引かれた。
気がつけば外は薄闇を通り越し、木々の周りは闇に包まれている。
「京極堂…どこに行こうって言うんだい?」
優しく手を引かれる。
前を行く京極堂は何も答えないが、ただ黙って僕の前を歩いた。
優しく引かれる手に伝わる、京極堂の手の温もりが僕を安心させた。
僕の目の前に歩いているその背に拒絶はない。


その背だけを見つめて、歩き続けて辿りついた先は京極堂だった。
通い慣れた道も闇に紛れてしまえば、まるで見知らぬ道のようだ。
今の君のように。
不意に解かれてしまった指先に驚いて、京極堂を見ると僕を見つめる眼と眼が合う。
引かれてしまった境界線に立ちつくす僕に君がそっと促すように腕を差し出す。
君は僕に選択させて試すのかい?
けれど、それは無意味なことだよ。
僕の答えは決まっているのだから。
僕は微笑んでその差し出された腕を両手で押し抱くように捕まえる。
頑なな君の雰囲気が、少しだけ緩んだのを知って僕は笑みを深くした。
僕の信じるものが君の答えに近いことがこんなにも嬉しい。
君が不意に見せた弱さを喜んではいけないのだろうけれど、その心に触れてどれだけ嬉しかっただろう。
僅かに緩んだ雰囲気を邂逅するように僕は受けとめる。
君に言えばきっといなされてしまうような他愛のないことかもしれない。
けれど、それが僕の存在理由なのだ。
「関口君」
穏やかな瞳などいらない。
理性的な言葉も意味はない。
ただ伝わってくるこの温もりを離したくないと僕は全身で伝える。
君が嫌だと言っても僕はしがみついて離れない。
「少しだけゆるめてくれないか」
ますますしがみつく僕に京極堂が苦笑する。
「これじゃあ、君を抱きしめられないだろう?」
聞き慣れないことを言われたせいで、僕はぽかんと京極堂を見上げてしまった。
白くなった指先を一本ずつ絡めとられる。
「種明かしをしようか。雨を浴びた理由を・・・」
戯けるわけでもなく静かに笑う君の言葉を、僕は神託を受ける人間のように息を飲んで待つ。
「コギト・エルゴ・スム」
「え?」
「我思う故に我あり。己が存在するのか迷うなど・・・けれど、ふとした瞬間に恐ろしくなる。ここに存在する私は本当なのか。確かめる術は考えている自分しかいない。だが、自然現象なら私の意志は必要ない」
絡めとった反対の手を僕の頬へ添えて京極堂は続ける。
「都合良く現れた君を利用しているのかもしれないよ」
「残念だね、京極堂。僕こそ君を利用しているのかもしれないよ」
嘯くように言いきった僕を見て京極堂が微かに笑った。
それは僕の唇の震えを見てしまったからなのか、必死で眼を反らさないで睨むように泣くのを我慢している僕を見ているからなのかはわからないけれど。
「ああ、そうだね」
自嘲を頬に刻む君を、雨を頬に宿していた君を僕は抱きしめずにはいられない。
君を守りたいと願うなんて言ったら君は笑うかい?
ふとした瞬間に訪れる負の境目に人は時に立つけれど、愛しい存在を抱きしめることを忘れなければそれは瞬間でしかないのだ。
重なり合った掌から、指先からゆっくりと僕らは曖昧な境目を確固たるものにしていく。
ああ、まったく君は卑怯者だね。
僕に雨を遷しただろう?
君の代わりに流せるのなら、僕は喜んで雨を宿し続けるよ。
だから僕の存在を確かめてくれるだろうか。
京極堂の瞳には僕が映っている。
僕の瞳には京極堂が宿っている。
互いしか見えないこの時をこのまま閉じこめてしまいたいかのように。
「京極堂」
君を呼ぶ僕の声は掠れていた。


No.5


それは細く筋張った指。
本の頁を捲る以外に使い道がなさそうなその筋張った指が、柔軟で器用に動く。
薄明かりは、灯されなかった。
灯さずとも、互いの顔を確認できなくても、互いがいると確認できたし、今の僕たちに確認は必要ない。
僕は京極堂の背に縋りつく腕に力を入れた。
優しくいたわられる様な口付けをされて、更に僕は縋りつく腕に力を込める。
しっかり縋りついていないと……
確かにこの腕で君の背に縋り付いているのに、君はするりとこの腕から抜け出してしまいそうだ。
見えなくてもいい、見なくてもいいもの。
君の、存在理由。
確かに君はこの僕の腕の中にあるのだから、存在しているのは確かだ。それでも……
君は今の君であるために、一体どれほどの思いを捨ててきたのだろう。
雨の中でひとり泣く君は、ひどく儚げだった。
君は今在るために、心の中の大事なものをひとつひとつ捨てて来てしまったのかもしれない。
君が何であっても、君なのにね。
そう思うと少し笑いが込上げる。
与えられる刺激にも、くすぐったいのと心地よさが相俟って、笑いは掠れた嬌声に変わる。筋張った手はそのまま僕の開襟シャツのボタンを外しはじめた。
「やけにじらすじゃないか」
からかい半分で呟いた言葉に京極堂はまじめに答える。
「夜は長いのだよ、関口君」
「でも夜明けは必ず来る」
そして懇親の力でその背に縋りつく。
違う――――……間違ったのは僕のほうなのかもしれない。
君は捨てて来たんじゃない。
君は切り捨てて来たんだ。
自分の心に宿る、自分に対する疑心をのぞきすぎて。
そっち側ばかり、気にして。
そうすることで自分が生きゆくことを、律してしまったのかもしれない。
自分を愛すること、いたわること。
自分を信じること、人を信じること。
それは強さかもしれないけれど、ここまで来るまでに一体どれほどの犠牲を払ってしまったのだろう。
布越しで弄ばれていた胸元に生暖かい掌が当てられた。
昂ぶりは波のように襲ってくるものの、その波は凪のように緩やかだ。
「夜が明けるのは、この世の中だけだろう」
京極堂はいつもの様な減らず口を呟いた。
「人の心の中は常に、闇なのだよ」
暗闇の中、一筋の光を見出すまではね。
暗闇の中にある、一筋の希みを。
そう言おうとしたら、唇を塞がれた。
口内に無粋に割り込んできた舌が、僕の言葉を飲み込んでいく。
「ん…っ…んん」
弱い人を、強くする方法なんていうのは幾らだってある。
では強い人を更に強くする方法は―――――――…?


No.6


穏やかな波にたゆたう僕に集中を促すかのように京極堂の熱が僕を侵略する。
痩せた下腹を辿られて粟立つ肌。
爪先でなぞられて強ばった指先が、縋りついていた背中から離れそうになるのを必死で堪える。
ふかみへ入り込んで混乱を誘発していく指に緩慢に逃げをうつ動作は、誘い込むようにしか映らないだろう。
次を知っている体はそれを求めておののく。
待ち望んだものを与えられる瞬間に体は歓喜する。
身を沈められて喘ぐ口からは、意味をなさない嬌声が自分の意志とは関係なく零れていった。
「っ・・・あっ」
増幅する熱に何も考えられなくなっていく。
痛みすら意識を甘く浸食していく中で僕は唯一の答えを抱きしめた。
指に残る皮膚の感触は、僕の快楽の証として京極堂に残る。
鼻から抜けた悲鳴は一瞬。
絡めた舌先がひきつり、撓んだ背に廻った腕が隙間なく心臓の音を合わせた。
ゆっくりと熱が退いていく感覚に時を押し止めていた息を吐き出せば、震える眦から光が零れていった。
息を整えようとして、泣いているような引きつった声が出る。
こもる熱が互いの頬を濡らすように交わされて、僕は瞑った瞼をゆっくりと開いた。

光は暗闇でこそ輝いて見えるんだ。
光溢れる世界では大切なものを見失ってしまうから。
だからこそ人は心に闇を宿す。
大切なものを見つけるために。
可笑しいね、否定するようでいて君は大切なものがあると公言したんだよ。
僕は傍にいる。
たとえ、枷となっても傍にいる。
知っているかい、京極堂?
人は一人では成長できないんだ。
だから、僕は君の傍にいる。
この意味がわかるだろうか?

僕が笑んでいることに気づいた京極堂が張り付いた前髪を耳の後ろに流してくれる。
「何を笑っているんだい?」
放り出された僕の指先を京極堂が捉えた。
何をするのだろうと預けたままでいると、中指に歯と舌の感触を受けて熱に潤んだままの瞳を京極堂に向ける。
肯定を返すようにくつくつと重なり合った皮膚から振動が伝わってくる。
夜が明けるにはまだ早いのかもしれない。
僕はそうっと瞳に夜を宿した。


朝の光に目覚めた僕は、かろうじて下肢を隠している程度の上掛けを気怠げに引き上げながら既に着替えを終えた京極堂と対峙した。
「おはよう」
「・・・うん」
夜明けの光は京極堂の表情を隠した。
いつも通り何かに怒っているような仏頂面にすべて隠されてしまった。
それを悲しむことはできないけれど。
ふと薫った血の匂いに僕は視線を彷徨わせた。
そして自分の爪に微かな痕跡を見つけて、ああと笑った。
隠されてしまった想いは消えてしまったわけじゃない。
目に見えなくても君の背中の証は存在しているのだから。
僕がつけた君がいることの証。
人の心は闇を飼う。
手に負えないと投げ出せればどれだけ楽だろう。
けれどその闇こそが自分自身の姿なのだ。
トンネルを抜けるときの眩しさを僕は感じた。


No.7


「起きた傍から不景気な顔をするって一日捨てた気になるな、と、君は思わないのかな?」
情事の後の気恥ずかしさもあるせいか、僕は起きた途端に憎まれ口を叩いてしまった。
ああ、何だか近頃の僕はどうにも一言多いらしい。
「不機嫌もどうも、私は元からこんな顔の造りなのだ」
不遜に磨きをかけた言葉も、何だか愛しく思える。
ああ、これはこれで幸せなんだな。
僕はそのまま朝寝のまどろみに身を投じた。


ふと目配せをすると、彼は寝ているではないか。
私は彼の前では見せぬ笑いを象った表情を浮かべ、彼の傍らに座り込む。
手には何冊かの冊子を持っていたが読む気にもなれず、そのままその寝顔を見つめる。
私にもそれなりに人の感情というものが存在し、その安らかな寝顔を見つめると何処からか「安心」という言葉がやって来て、私の心を潤すのだが。
残念ながら私はその事を、彼に伝えるという術を持たない。
この身にある言葉の語録から捜してみはするのだが、どうも彼の求む言葉を私は返せぬらしい。
かと言いはしても、私のこの表情は愛想よく笑みをたたえることもままならぬ。
これに関しては気にしたこともあるが、結果、これでいいになってしまう。
「関口君…私はね、夜が明けぬ方がいいのだよ……」
口をついて出た言葉は紛れもない私の真実だ。
光りは私に無明の焦燥感を与える。
眩しすぎる。
目が眩みそうなその眩しさに、私は眉を顰める。
目を細め、遠くを見るようにその光りから目を背ける。
夜闇に未知を、大地を称える雨に安らぎを。
闇も雨も、私の全てを包み、覆い隠すものなのだ。
光りにはその全てを暴く力がある。
闇の部分を透き通らせる力を持つ。
そして光りは闇を瞬く間に皓にする。
光りは闇を見透かすのだよ。
「脱色された闇は、どんな色容をしているのだろう」
手を伸ばして彼の手にそっと触れる。
繋がるその熱に、私は何時の間にか安心感をおぼえるようになった。
彼のようには、と希はしない。
彼の中にある光りに触れる。
窓辺から、一筋の光りが差し込んだ。
――――――――……
そうだ…光りと闇は一対を成す。
惹かれる理由を探すほど脆い、脆くて強い、強く願う、何かに誇示付け、何かに託け。
「やはり…私は夜明けはいらない」
失笑を浮かべ、重ねた手に力を込めた。
皓明の光りと無明の闇。
互いに在りなんと言う思いを、その中に孕めて。
そのまま私を照らし出せ。
そして今を、先を見透かし、私を照らせ。
私を導く無明の光りよ。
そこに進む気負いが例え、私の半身を切り裂いても。



-了-




お祭りならぬ「奉」…それはですね、何を書いても京極堂に呪われない様にと、考えた言葉です。
ええ、京極堂の呪いは怖いです…真夜中をとうに過ぎ、夜空が白んでもその分厚い本は読み終わりません…
気がつけば朝、そのまま仕事に向かう私どもです…(^^;)
文章を書いてくださった御二人様、感謝です。